朝刊の天気予報マークにしか目を通さないために、よくにわか雨に降られる海坊主です。
蒸し蒸し、じめじめ、と、6月から連想される擬態語は気分の良いものではありません。
しかし、せまい道の真ん中を、めっちゃがにまたでノロノロこぐおじさんの自転車に腹をたてていると、
軒下に咲く紫陽花に思わず目を奪われ、見とれているうちにいらいらを忘れてしまうのであります。
空気中の水分や空の色を吸い込んだような色は、青は藍より出て藍より青し、とばかりに、その辺の何よりも鮮やかににおっています。
憂鬱、という響きや漢字までもがロマンにあふれてまいります。
大雨や合間の晴れを経てだんだんと元気をなくし、枯れていく様子がはっきりと目に見えてしまうのが残念なところ。
筆を洗うのが面倒くさくて、黄土色で地面を塗ったその筆で溶いた青色に変わってゆきます。
桜のように咲いてすぐ散ってゆけば、グラデーションの花びらがひらりひらり風に舞ったり、水たまりに浮かんだりして、さぞかし綺麗でしょうに。
(おわり)