ミニはかせ、ハイパー面を造る
街中を灰色に染めるうように、昼過ぎから雨が降っている。
週末でもなかったのだが飲みたい気分になり、会社がえりの路地裏にあるショットバーに入った。
時間が早いこともあってか、カウンターの一番端に、髪の長い女性が座っているだけである。
「久しぶり。ご無沙汰してたじゃない。」
「ここのところ仕事が忙しくってね。」
昔おかまバーで働いていたせいで女性言葉が染み付いたマスターに酒を注文し、背広を脱ぐ。時々大学生の女の子が手伝いにきているのだが、今日は彼一人らしい。
黄金色に輝くビールに口をつけると、突然あることを思い出した。ひと月ほど前に来て彼女とおしゃべりしていた時の内容だ。その日も雨、いつもよりさらにうす暗く見える店内で、なぜかひそひそと話していた。
?
「このお店に何度か来ている女の人がいるんだけど、なんだか変なの。」
「変ってどこが。」
「まばたきをしないのよ。」
一度たりとも?そんなことはありえないだろう、苦笑する僕に、本当なの本当なの、と、真剣な瞳で念を押していた。酒の肴の戯言だろう、と気にもとめていなかったのだが、なぜだかその女が目の前に居るような気がしてならない。 秋の終わりに降る冷たい雨のせいにちがいない。
話しかけてみようか。
思いが読まれた如く彼女は滑るように僕の隣へと移動してきた。
ウイスキーだろうか、琥珀いろをしたロックグラスを手にしている。
「一杯おごってもらっていい?」
昔の映画じみたせりふが妙に似合うのだが、近くで見ると意外に若く、化粧の薄さを見てもおそらく年下だろう。一重まぶたの瞳だけが黒々と、何かを諦めたように、大人びている。
?
女がボウモアのロックを頼み、乾杯をしてひと息に飲む間も、黒目は一度も、まぶたとまつ毛によってふさがれることはなかった。
視線に気づいたのか、何秒間かうつむいた後、まっすぐに僕を見据えて言った。
「なぜ、私が瞬きをしないのか、お教えしましょうか。」
考える間もなく、吸い込まれるように、首がたてにスライドした。
すぐ傍に居るはずのマスターの存在は頭から消え去り、透明でつるつるした雨の膜に守られた四角い箱の中で、世界に僕と女の二人きりしかいないような気がし始めた・・・。