~前回までのあらすじ~
行きつけのバーに入った僕の前に現れたのは、「まばたきをしない女」。
※ ※ ※
あれはまだ、学生の頃。まばたきだって、普通の人と同じくらいのペースでしていた頃よ。
さすがに自力で行くのはたいへんだから現地のツアーに申し込んで、他のお客も一緒に、合計何時間もワゴン車とラクダのお尻に揺られ、ついにたどり着いた。
見渡す限りの一面の砂。
四方八方どこをどんなに目を凝らしても何もない。
自然が作ったものがこんなに静かでよいのかというくらい滑らかできめ細かな砂たちは綺麗でもあり、恐ろしくもあった。全く知らない土地で道に迷った時どころじゃない、だって道がないのですもの。
途中からは青いターバンと衣装に身を包んだ、ベルベル人という砂漠の民が一緒だったわ。
ツアーガイドとは砂漠の入り口でお別れして、ラクダをひいた彼らに付き添ってもらい、彼らの建てたテントで眠るの。
中で寝てもいいんだけど、そこまで寒くはなかったし、、,孫の身を案ずるおばあちゃん以上にこれでもかというくらい毛布を敷きつめてもらったから、外で眠ることにしたの。
まあカルチャーの違いかと、何も言わずに居た。日本のとは違う煙草の匂いには閉口したけれどね。
ツアー客慣れしている彼は日本語が達者で、日常英会話もままならない私でも、満天の星空の下、おしゃべりに興じることができた。
自分が見ているのか見下ろされているのかわからないような、しっかり目に焼き付けたいのになんか白くゆらゆらしてきた~、と思ったらあらら・涙があふれてるじゃん、級の星空レベルよ。
砂漠には道がないのに、どうやって目的地へ進むのかと尋ねると、
星や月の位置が行き先を示してくれる、と答える。このへんは英会話よ。
「テレビやオーディオはないけれど、僕たちは毎日星空の映るテレビを見ることができる。チャンネルは、一つしかないけどね。」
天を指差してほほ笑むムハンマド。
不思議と英語できくと、歯の浮くようなせりふでも素直に心の中に入ってきてしまうものね。
彼はベルベル語も教えてくれたわ。
数字の一から十までとか。今でも5くらいまでなら覚えている。
そんなこんなの最中に、所せましと並ぶ光をくぐるように、流れ星が白く尾を引いたの。騒ぐ私の口調を、ムハンマドが「ナガレボシー」と真似をして笑った。
「そう、流れ星。ベルベル語ではなあに?」
「イトゥラーン・イシュハラザイム。」
なが!!って思わず突っ込むところだったけど、語調が良いのか、するっと頭に入って、なかなか離れなかった。日本へ帰ってきてからも。
イトゥラーン・イシュハラザイム。
初めて見た流れ星だったから興奮して嬉しくて、もう一度通らないかとじっと目を凝らすんだけど、不思議なもので、待つと訪れないのよね。
眠くなってきてまぶたがどんどん下がってくる。
願い事をしたら叶うなんておとぎ話だけど、旅行の非日常性に加えて異世界じみたその空間は、それを信じさせるに値していたわ。
おあつらえ向きにその時分、どうしてもかなえたい願い事もあったから、それはもう必死で眠気をこらえたの。
ああ、流れ星よ流れてください。そして私に願い事を唱えさせてください。
(ここでお時間がやってまいりましたので つづく)