フワフワの曲
しし座流星群が来るらしいから、ちょっと屋上行ってみてくるわ、
と、セーターをかむると、仕事仲間の鶴太が「しし座?」と首をかしげたので、
「あ、ちがった、オリオン座流星群だった。」
私は思い出した。背が高くてごつめな体格のイメージと裏腹に、鶴太はよく気がつくし、小さい事を気にする。
「どっちでもいいじゃないそんなの。」
仲間の中で一番指がほそくって細かい作業が得意だが、性格は適当ならる絵が言い、私にコーヒーカップを手渡す。
あら珍しい、気が利くねえ、と一口つけると、「あら、ミルク入りじゃないの。」ブラックで飲む派なのだ。私だけではなく、工場内ではたらく五人の誰も彼もが。
ミルクを入れる人が一人居たが,もうやめてしまった。
女の子もうらやむような長いまつげと猫っ毛の持ち主で、背が低いのを弱みにも強みにもしているタイプの男の子だった。
らる絵はどうやら彼を気に入っていたらしく、
こまめにコーヒーを淹れてあげたりしていたせいで、
癖がついてしまったのだろう。
ぼやけた色をして、冷え込む秋の夜空の下では一瞬のうちにさめてしまいそうだったが、
久々に自分以外の人が淹れたのを飲むと旨く、ちょっと甘いのもたまには悪かない
という気持ちにさせた。
工場では、パズルのピースを作っている。
ジグソーパズルのなくされたピースを主に、復元する仕事だ。
ひとつの消費者がなくすのは、一つだけであることもあれば、
いくつも失われている場合もある。
お店で買ってきて箱をあけると、なくしたピースがどの部分に当たるかを記入して送ってください、
という葉書が同封されているが、その宛先がここなのである。
世界中のジグソーパズルのどの葉書も、同じ宛先。もれなくこの工場行きである。
プリントなどでなく手作業だ。同じ写真や絵でも、印刷された日付によって微妙に色が違うので、完璧な最後のいちピースを作りだすためには、人間による繊細な視覚と触覚が必要なのである。
らり絵お気に入りだった男の子のように、どこから見つけたのか働きにやってくる子もいたが、大抵すぐにやめてしまって、
ずっと昔から居る現在のメンバーで工場ははたらいている。
とんとんとん、
と、白木の階段を上って、狭い屋上行きの扉を開ける。
昼間はまだ暑いぐらいの日もあるのだが、
空気はいつの間にか澄んで、すっかり秋になった夜空に白い星がいくつも光っていた。
しまった、どちらの空に見えるのか調べるのを忘れちまったわ、
と悔しがったが、東とか西とかいわれたところで結局どっちかわからんので、
まあいいや、とコーヒーを、いや、カフェオレを飲む。
ぬるいし甘い。
けれども星はじっと止まっている者もあればまたたいているものや、赤く燃えているものもと思えばそれは飛行機だったりで、
首が痛くなるくらいにわくわくしてきたので、よしとしよう。
流れ星は観測できないが、それがなんであろうか。
こうやって空を見上げれば美しい星がじっとしていることの方が、断然素敵じゃないの。
もしかするとこの世界からほんの少しずれた空間にある、この世界と同じような外観の世界では、
星はいつも流れていて、止まっている星の方が珍しいかもしれない。
びゅんびゅう、と凄い速さでほうき星がゆきかう空に見向きもせずに、みんなが自転車をこいで家路に向かったりしている光景が、あたりまえなのかもしれない。
夜型の羽村さんが、そろそろ起きだす頃だ。
羽村さんは、朝日を浴びるみたいに、起き抜けに月を眺めにくる習慣がある。
羽村さんがやってきて、ドアのパタンと開く音がしたって、
絶対に後ろなんか振り向かずに、かたくなに空を見つめていてやろうと決心した。
おわり
作品紹介用サイト→www.umitsuduki.com