~前回のあらすじ~
足の人差し指の爪をうっかり伸ばし過ぎたことから、それを武器にして仕事をこなすスゴ腕の殺し屋になった僕をまちうけるものとは・・・・!?
いつしか、「アイアイ」と呼ばれるようになった。
可愛い顔をしながら隠し持った鋭い爪で獲物をしとめることが、いわれのようである。
昔愛ちゃんという名前で同じニックネームをつけられた、ちょっとカワイイ女の子がいたな・・・
でもそんな女の子とももうかかわることなどないだろう、もうよごれてしまつたのだから、わたしは。
感傷的な気分に目を閉じ、瞼の裏にぼんやりと愛という少女の顔を描いて目を開けると、なんとその同じ顔が正面からじっと見つめていたときの、この驚きようといったら。
殺し屋「アイアイ」としてはとても人には見せられないような、間の抜けた声を出してしまった。おそらく「おひょ~う!」とかだったとおもう。
元クラスメートのアイアイ、こと中司愛ちゃんは、いくぶん大人びてはいたが、屈託のない変わらぬ笑顔で駆け寄ってくると、「ひさしぶり!」と笑った。
少し世間話や思い出話をしただけだったのだが、人を信じるということを忘れていた心に灯るろうそくのあかりのように、愛ちゃんは急速に心の中を照らし、なくてはならぬ存在となった。
そんな彼女にいいなづけがいると知ったのは、二人で会う3回目のデートのときだ。もちろん殺し屋という正体は隠したままである。
実は社長のひとり娘である彼女は、企業をより拡大するためにとかそんな感じのオトナの事情で、そこまで好きじゃないどっかのボンボンと結婚させられるという。
だからもう、恋なんてちいさいころから諦めていたわ・・・。
そう言ったときのあまりにさびしい笑い顔は、ひとつの決断へといざなっていた。
偶然か、いやちがう。ディステニーだ。
殺し屋に勧誘されたとき並の素早さでオッケーを出した僕。
次の日の夜、接待に出席して少しだけお酒の入った彼がひとりになったところを、近くのビルに立って照準を定めた。いまやもう僕のつめは出し入れもスピード調節も自由自在。そこらのライフルよりも正確な威力だ。
月明かりに照らされて、はじめてちゃんと顔を見る。
知性はあるとはいいがたいが、人のよさそうな男だ。
愛ちゃんの顔がよぎるのをふりはらうように心の中でカウントダウンを唱え、丹念にとがれた鋭い爪を繰り出そうとしたその時、信じられないことに視界に現れたのである。彼女が。
約束していたのか、迎えに来たのか。四つ角から現れていいなずけのもとに駆け寄る愛ちゃん。
あわてて止めようとしたのだがもう手遅れだった。そのうえ動揺が重なり、わずかにぶれた照準の先にあったのは、いいなずけに優しい顔と声を投げかける、僕のいとしい人だったのである。
違う。こんなはずではなかった。
それとももしかすると、自分以外の人に決してつくりものではない愛情を投げかける彼女が許せなかったのか。僕は心まで、地獄におちはててしまったのだろうか。
今までいくつもの命を奪ってきた自慢の武器はいかんなく威力を発揮し、彼女は叫ぶこともなく倒れた。
最後まで僕の姿さえ見ることもなく。
ああ、一体これから生きていく意味などあるのだろうか。一生かけて償いをしろといわれても、彼女のいない世界など考えられない。
そのままビルから飛び降りて死を決意したが、その前に、いつしか悪魔に乗り移られていた自分自身の爪を、折って消滅させてやろう。
ひどい痛みを伴うことを予感しながら根元をつかみ、力をいれる。
操っているようで操られていたのは自分のほうだった。
あたりから、すべての音が消え去った。
はっと、崖から落ちるような感覚。
気がつくと四角い六畳の部屋。足の爪はすっきりと短くなり、僕は高校三年生のときの僕になっていた。
夢だったのか、それとも爪にやどる悪い何者かが見せたまぼろしか。
今のこの状態が夢ではない証拠に、切った爪の跡地がつくつくと疼く。
数メートル先に飛び散った爪のカケラを、何重にも新聞紙で包んでゴミ箱に捨てる。
下の階から、ごはんよー、と母の声がする。
はーい、今行く、と返事しながら、足の爪を切り忘れるのだけはやめよう、と胸にちかった。
完