いよいよ、待ちに待った日曜日がやってきた。
クラスのみんなとボウリングに行くのだ。男3、女3で、その中には最近気になっている木村くんもいる。中学生にもなれば男女で遊びに行くだなんて普通のことだとは思うけれど、部活で忙しいのを理由に誘いにも応じなかった谷崎ユリカにとっては初めての経験だった。休み時間に男子に交じってサッカーをすることは数えきれないくらいあったけれど。
夏には真っ黒に日焼けして、髪も硬くて黒くて手入れが面倒でぼさぼさだったし、男兄弟で育ったために威勢よくなってしまった言葉使いや動作のせいで、ユリカの中に芽生えた変化に気が付く者は誰もいなかった。
けれど色つきのリップもひそかに手に入れていたし、編み込みの仕方も練習したし、部活の前には日焼け止めクリームも塗るようになっていた。
グループに分かれて何かをする時、「谷崎は男子チームな!」とふざけられると、「ブン殴るぞ!」と手を振り上げたりしながら、いつかは自分も可愛くなろう、と誓ったりしていた。
だからこの日はちゃんとめいっぱいおしゃれして、いつもと違う自分を見せてやるのだ。
洗面台の前に立って、櫛を当てる。
きのう降った雨のせいで心持ちごわついているが、ひとつひとつ丁寧に編んでゆく。
練習では、ほどくのがもったいない程に美しくできたこともあった。
そこへ、ただいまという兄の声がした。思いのほか早い帰宅にユリカはあせった。
鏡の前に真剣な顔で向かっている様子など目撃されたら、どんなひやかしをうけるかわかったものではない。編み込みだっていつも隠れてやっていたのだ。
半分ほど出来上がっていたけれど、兄が手洗いうがいをしにやってくることは目に見えている。
時間はまだ十分にあるのだ。仕方なく手を放し、無造作にぐしゃぐしゃな状態に戻す。
兄におかえりとだけ告げて自室に走り、今度は手鏡をペン立てにもたせかけてのぞくことにする。
やりにくさのためか、アクシデントに対する動揺のせいか、うまくいかない。
少しでもまとまりやすくするためにワックスをつけるが効果はなく、非情にも時間だけが過ぎてゆく。
もうだめだ、時間がない。おまけにワックスを塗りたくったせいで髪はべたべた。再び洗面台に走ると、勢いよく湯を出して顔を突っ込んだ。
首元とそで口が濡れる。いちばんのお気に入りの服を着ていたのに、替えなければならない。
髪を乾かす時間すらなくなり、急がねばならないため履きなれた運動靴に足を入れて駈け出した。
待ち合わせ場所になんとか間に合ったときは半がわきになっていたものの、ユリカの頭はまるで何事もなかったかのように(?)例によってぼさぼさだった。
見慣れない私服姿、チェックのシャツにジーンズの木村くんが眩しい。
同じようにいつもと違う女の子たちの姿に照れてもじもじするのを紛らわすように、男子の中の一人、土屋がふざける。
「谷崎はボウリングのハンデも、なしでいけるだろ?」
「あったりまえでしょ、あんたなんかこっちがハンデあげたいぐらいよ!」
すかさず悪態をつき返しながら、ちらりと横目で見ると、やさしい木村くんは困った笑顔をしている。
よせよ土屋、と言うに言えない感じ。続いて他の二人の女子たちの頭に目をやる。ひとりはポニーテール、もう一人は長いふわふわの髪を肩までおろしている。
ふふん、残念でした。一番手がかかっているのは、この私の頭なんですからね。
ふつふつ、と心の奥底で緑の芽が息吹く。
木村くん、困った顔をさせてごめん。男みたいだなんて誰にも言わせないように、いつかびっくりするくらい可愛い女の子になるからね。
とりあえず帰ったら編み込みの練習をいちからやり直そう。毎日のケアもちゃんとしないといけないのかもね。
ぐんぐん伸びた茎の先から、朝露と光を浴びて一斉に咲く白い花の姿が、頭に思い浮かんでいた。