徒歩だとあまり遠出ができないので、隙をついて僕は自転車を持ち出した。
空気を入れたばかりらしく、ぼろい見かけの割りになかなかのスピードだ。
あっという間に、目の前には見たこともないような街並みが広がっていた。
なんて素敵なんだろう。ここを「ドコカトオイマチ」と名付けよう。
うたうように呟くと、夕暮れを背景にたたずむ道化師が、こちらも向かずに言う。
ちょっとセンスに欠けるのではないですか。
若き芸術家たちの溢れるエネルギーが。才能という名の花々が美しさを極めた街だというのに。
道化師は手に持った膨大な量の風船をひとつひとつ手放している。
良い気分に水をさされ、ムっとした途端空腹におそわれた。
それよりパスタが食べたいなあ。
お待ちなさい。この風船を空へ全部放し終えるまで。
あっちの方を見ながら、きょうの月の形はどんなだろうなんて考え考え時間をつぶしいれば
やがて夜はやってくるでしょう。
そうしたらすばらしいビストロを案内してあげますよ。
おや、でももしかするとこのつかの間の夕焼けが終われば、あなたはお家に帰らねばならないかもしれませんね。
お家に帰るだって。
味のないドライフードのもそもそした食感を、まだ見ぬアルデンテの耳たぶの柔らかさとを頭の中で比べながら、ふいに、猛スピードでペダルをこいで道化師の風船をかたはしから割ってゆきたい衝動にかられた。
(終)