うみつづき、陸つづき -押海裕美ブログ-

思いついたことが、消えないように絵や文にしました。

Candy

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 返事がない。
 ことりと物音もしない。
 すーいませーん!ほとんど叫ぶように張り上げながら扉を叩くと、後方からだみ声がした。
 「あんたー!何時だと思ってんのよ!」
 驚いてふり向くと道路を挟んで向かいの家の窓から、変なヘアバンドでおでこを全壊にした中年の女性が般若のような形相で窓から身を乗り出している。
 「こちとら書きかけのブログがコンピュータの不調で突然消えてイライラしてるんだよこのご近所迷惑め!せっかく登場させた、神社に住む少年の設定も、その子が実は不老不死という宿命を持つヴァンパイヤだったというホラーファンタジック的な筋書きももうボツにしてやる!わかったのならとっとといきなな!」
 理不尽な怒りに唖然となる間にも女は蒲団叩きで壁をばんばんしながら「ひっこーし、ひっこーし」と歌いあげ始めたので、とにかくその場を離れることにした。

 
 いつの間にか月は消え、あたりは一面の闇にとっぷりと沈んでいた。
 何かよくない呪文を囁きかけてくるような梟の声がする。
 夜とは別の色相を持つ黒が時折空を引き裂くように見えるのは、こうもりだろう。
 日が暮れてから道端で出くわす黒猫もそうだが、黒い姿を持つ者は、道や壁やそこがどこであろうと、闇の空間をつくりあげる。黒猫がそこに居るのではなくて、猫の形に切り取られた闇が発生したようにさえ思える。
 ある少女漫画が原作の映画の中では、黒猫がかげろうのように漠然とした姿で表現されていたのだが、もしやこれと似た感覚から湧いたイメージの映像化なのかもしれない。
 そういえばあの映画のヒロインははまり役だった、彼女は声も独特で人間離れした魅力がある云々、と考え考え歩を進めているうちに、海岸通りへ出た。今度はまたいつの間にやら綺麗な月がぽっかりと浮かんで海面に反射さえしている。まるでシーンごとに出たり消えたりする大道具のようだ、今宵の月は。

 
 海が青、という概念はほんの限られた時空間の上でしか存在しない。きょだいなザトウクジラの背のように鈍く光る黒い海面がありありとそれを物語り、アリアを歌うような波音を響かせている。海とは子どもが遊ぶものではなく大人のための場所なのだと強く思う。 
 産卵期になると涙を流しながら卵を吐き出すウミガメや、深海の中で色づく奇怪な形のサンゴたち。ヒトデはうにょうにょと空から落ちて輝き、クラゲは天敵に噛みつかれてばちばち己の体を食われながら、何事もないように漂い絶命してゆく。生命の神秘と一言で片づけるにはあまりに測り知れないものを孕んでいる、日の沈む海。朝日の昇る海。
 大人はその美しさを愉しみたいときにはそれに応じた時間帯に会いに来て、底しれない恐ろしさや寂しさを感じたい時には冬にコートを着て何時間もたたずんだり、決死の覚悟でその先の秘密を探るべくダイブしたりする。
 
 しかし、子どもは海の粗暴さに対峙するにはあまりに無力で、自然の強大な力を前に自分を抑制できなくなってしまう。
 もう物心ついてからずいぶん時を過ごしたこの私ですら、頭と体をしっかり踏ん張っていなければ、よせては返す波に連れられて、砂のなめらかな感触を快く思いながら、水面に映える月明かりの道を信じながら、水の中へ身を躍らせてしまいそうな気がするのだ。

 (つづくかも)
 







 この間マッサージに行ってきました。比較的安い地元のところでしたが、なかなか気持ちがよろしい。
 アロマの香とちょっと涼しすぎるくらいの部屋の温度が心地よく、若い女性の述師の方と話すうち、アーユルヴェーダの話題になりました。

 私「アーユルヴェーダって、なんか響きがうつくしいですね。よくしらないですが。」
 述師「うふふ、そうですね。・・なんだか頭に蜜を垂らして・・・。」
 私(頭に蜜が流れるような響き!?うぬう、なんと巧みな比喩表現。異国のかぐわしい香りとともにとろりと粘りつくような発音が流れるさまは確かに黄金の蜜を思わせる。)
 と、ひとり密かに唸ったのもつかの間。
 述師「垂らしてする、マッサージなんですよね。」

 とまあ、述師さんは決してうつくしい響きの比喩でなく、マッサージの方法についての説明をしてくれていたわけなんですよね。ちなみにアーユルヴェーダとは世界三大医学の一つで、インドにその昔から伝わる医学や考え方のことを言うそうな。額に一定量の蜜やオイルを流し続けるのはそのうちの一つの方法で、「シロダーラ」と紹介されていました。一種の瞑想に入れるんですって。
 この説明はとてもはしょってとても適当なので興味をもたれた方は本とかでご覧になってみてくださいませね。
 とまあ、結局は違うかったのですけれどもその表現が忘れられなくって、頭の中がプーさんのパラダイスばりに蜜であふれてしまうような美文を書きたいな~、と長々とつづった結果がこのありさまなのです。