西陽をうけていっそう朱いおひれは
~前回までのあらすじ~
天涯孤独の身から、上京して数年が過ぎたこうもり男。
地味だが明るく適当な若者ライフを送っていたが、実はある決断を迫られている。
彼の属する種族は、ある一定の年齢になるまでに、こうもりとして生きるか、人間として生きるか
を 決めねばならないのであった。
四畳半ひと間の部屋は、西陽がさすと赤い水を満たした水槽のようになる。
まぶしさに目を細めたまま、万年床で寝るでもなく、起きるでもなく、をやっていると、
弱ったきんぎょの気分になる。
からすや鳩が横切るのか、時折影がさす。光の屈折が変わって、部屋だけが四角い空間ごと
きりとられて空を漂っている感覚に陥る。
さらに自分はその中で、端から端までを、
プカーと浮かびながら、行ったり来たりしているのである。
しまいに赤い尾ひれは夕日と一体化して部屋じゅうに溶け出し
と、妄想はこのぐらいにしておかねば。そうこうするうちにも時間は迫っているのだ。
どちらかを選べなかったものがどうなるのか。
具体的なことは知らない。が、しかし、酷い目に遭うことは確かである。
水の泡になるのか、ヒキガエルに変えられるのか…いやいやそんな生易しいもんではなく、
血の池地獄から針山地獄、と、あらゆるデスワールドを、永遠に往復せねばならんのかもしれん。
じゃなかったら、本能的にこんなに急ぐはずはないであろう。
彼はぼんやりとしてきた。
たわむれに熱をはかったら、37.0度であった。
突然、あと何時間かしたら会社にいかねばならぬ、という事実が耐えきれないもののように
思えてきた。
布団と一体化したい、と切に願ったが、そのようなことはできぬ。ならば、残された道は一つ。
蝙蝠になろう。
準備などいらない、あとはいつもと同じく変身すればよいのだ。
億劫すぎて動かすことのできそうになかった手足を、
その決断が原動力となって、押し出そうとする。
かた、と、ベランダから物音が聞こえた。
つづく