うみつづき、陸つづき -押海裕美ブログ-

思いついたことが、消えないように絵や文にしました。

シーシャ

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 「水タバコ」
  と頼むと、一瞬はてな、という感じで首をかしげたのち、
  「ああ、シーシャのことですね。」と、ターバンを巻いた女性の店員さんは頷いた。
 
  若い世代の前で、カップルのことを「アベック」と言ってしまった時のような、ちょっと
  いたたまれぬ気分だ。
  ブレンド、という選択肢もあったが、初めて吸うものなのでまずは試しに、「マスカット」
  を選んでみる。
  晩春の夜にふさわしい、甘やかで高貴な香りではないか。
 
  食べ終わってしばらく経ってもまだ来ず、四人用ソファ席にたった一人、しかも隣のグループの
 会話が筒抜けなくらい席同士が近いもので、
 落ち着かなさと時間をすこし持て余した。
 
 しかし、やっと来たかという思いで見たシーシャは、
 なんと、液体状だった。
 形は、写真などでよく見る、古いランプや砂時計を思わせる、アレだ。 
 しかし全部が、液体でできているのだ。ああ、もう、しかし ばっかりだ。
 スペースシャトルの中で球状のお水がぷよんぷよん浮いている様子を想像してもらいたい。
 あれを水たばこの鋳型に入れて抜くと、こうなるのであろう。
 
 皿の上から伸びて先端が鍵状になるまでの途中から生えた部分に、
 産み落とされたひな鳥のごとく炭が密かに燃えておる。炭はおそらく液体ではない。
 
 先ほどとはまた別の、今度はもう少し日本風の、だがしかし一目で旅好きだとわかる店員さんが、
 運んで来てくれたのだった。彼はあれこれやったあげく、ぼこぼこと音をさせて吸い込み、
 鼻から器用に、そして盛大に煙を吐いた。
 
 いかにも様になっている。そして、どうなっているのか、液体であることは問題無く、
 吸えているようだ。
 
 調整というものが終わり、
 ちゃんと吸い口も付け替えてもらえると、
 私はおそるおそる口にふくんだ。
 
 甘い。
 粘着力のある甘さだ。何かに似ている、そうだ、香付き消しゴムだ。
 が、しかし、彼が吸った時とは違って、シーシャ本体が流れ込んでくる。
 つまり、飲み物を飲んでいるのと同じだ。見る間に、かさが減ってゆく。
 

 二度目の調整に来てくれた彼に、
 私は聞いた。これ、どうしても飲んじゃうんだけど、どうやったらうまく吸えるのかな?
 
 日向と日陰の匂いの調和した魅力的な笑顔で彼が答えた。
 慣れですよ、慣れ。僕は毎日すっていますから。仕事で。
 
 コツはないのか、それとも故意に隠そうというのか。
 片手に収まるほど小さくなったそれを、
 思い切ってもうひと吸いすると、こぽこぽこ、と音を立てて、
 シーシャは私の手から消えた。
 
 「あ、空ですね。おかわりお持ちしましょうか?」
 行こうとした彼が、めざとく振り向いて尋ねる。 
 「じゃあ、マスカット。」
 僕はまた、なぜか、同じのを頼んだ。



    おわり