うみつづき、陸つづき -押海裕美ブログ-

思いついたことが、消えないように絵や文にしました。

それは決してふれられないものと似ている

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 朝目を覚まして、枕の感触がいつもと違うのに気づいた僕は横になったまましばらく、さてどうしたものかと考えた。
 枕がすり変わっているのは明らかだけど、バイト12練勤の翌朝だったのである。あとたっぷり5時間は睡眠を貪っていたい。
 しかし、頭の下のものがもぞもぞ動く気配を感じたときには、ギャッと叫んで跳ね起きる以外何ができただろう。
 
 実際起きあがって手近にあった目覚まし時計をつかむと、(虫か何かだったらたたき殺そうと思ったのだ)枕になりかわっていたものの正体を見て、さらに驚いた。
 オウムだったのである。実物よりふたまわりくらい巨大な。
 
 しかもそのオウムは喋った。オウムだから当たり前、という範囲を大幅にこ
 
えて、多少カタコトであるものの、小さい頃は海外にいましたがその後はずっと日本在住です、といった感じの完璧さである。
 
 
 「驚かせてすみませんねえ。」
 ピンと立ちあがって、まず第一声にそうあやまった。
 なにせ寝起きだから、驚くという思考もままならぬ間に、彼は早口で自分の生い立ちやらここへきた理由やらをまくしたてると、勝手に窓を空けて、「じゃ、お願いしますね。」と言ってバサーっと飛びたってしまった。
 あとには、救急箱のような、無愛想な長方形の箱が残された。
 
 
 僕はベッドの上であぐらをかき、とりあえず腕組みをした。
 オウムが話した内容をかいつまんでいえばこうだ。
 彼はただのオウムではなく、記憶の守り人。
 おそらく大人ならだれもが持つ、思い出したくない記憶の方をつかさどっている。
 たとえば小学校の時に面白半分でいじめていたクラスメイトが、それを苦に転校したとする。
 すると、ひどいことをしたはずなのに大人になって忘れているのは、彼の仕業なのだ。
 人間をより生きやすくするために、おそらく悪い影響を及ぼすであろう悪い記憶をひっこ抜いて集めてきては、専用の容器につめて持ち歩いているのだという。
 それが、手元に残された箱だ。
 仕入れてきた悪い記憶たちを入れるために開きはするものの、その作業は刹那的に行わねばならず、熟練した早業を以てしか行われない。
 蓋の開いている時間が伸びてしまうと、中の記憶が飛び出して、もとの場所へ帰り、トラウマとなって持ち主の心を苦しめてしまう。
 
 そんな大事なものをなぜ僕に預けたかと言うと、こんな大事なものを普段から持ち歩いていると、肩がこって仕方がないのだそうな。
 歴史上初、木の上にオープンした整骨院でこりをほぐしてもらいたいから、その間だけ預かってくれ、とお願いされたのだ。
 寝ぼけていたし、なんだか不憫にも思えたので、こくりと肯いてしまった、というわけだ。
 
 
 彼が去ってから五分しか経っていなかったのだが、僕は猛烈に後悔し始めていた。
 何の変哲もない箱の内側から、どくどくと見えない何かが部屋中を取り巻き始めたのである。 
 入ってくる木枯らしが嫌で、オウムの行った後すぐに窓も閉めたし、起こされるのが嫌で部屋のドアも閉めていたから、すぐにそれはいっぱいになった。
 やがて耳や口や鼻から侵入してきて、僕の体内を血液とともに巡り始める。
 空気の入れ替えをしたくても、金縛りにあったように足が動かない。
 
 たいへんなものを預かってしまった。
 幼いころに、夜中突然わけのわからない不安におそわれて飛び起きて泣く、といったことがあったが、その不安を何倍にもして大人の僕を襲わせた感じ。
 頭の奥で、象よりももっと巨大な生き物の足音が、どすん、どすん、と近づいてくる。
 
 何よりいちばん大変なのは、こんなにも箱の中のものがおそろしいのに、開きたくてたまらないことだ。
 ギリシャ神話のパンドラの匣が浮かぶ。
 開いてはいけない。
 絶対にわかっているはずなのに、箱から目を離すことができす、ほうっておくとのどから手が出てきそうなくらいに開けてみたかったから、急いでビートルズを口ずさんだ。
 
 もともとあまり好きでもないくせになぜ選んでしまったのか。
 知っている歌を全部歌い終えてしまって手持ち部沙汰にたると、蓋に手をかけたい衝動が、倍にも膨れ上がって僕を捕らえる。おまけに巨大な生き物の足音は近づいてくるし、冷や汗がとまらない。授業中にトイレに行きたくなった時みたいに苦しい。
 まるで拷問だ。
 このままでは開けてしまいそうだ。
 くるし紛れに、次はずうとるびの歌を歌う。ビートルズをもじったコミックバンドだ。
 
 しまった、さらにレパートリーがない。
 もう駄目だ・・・!目を堅く閉じたままのばされた僕の手は、強い光によってさえぎられた。
 思わず顔をしかめると、窓の外からテレビ局の使うような照明が照らされ、先ほどのオウムが何やら看板を下げて入ってくるところだった。
 「ドッキリ」と書かれている。
 
 「はーい、ドッキリでした~!」
 
 これ以上ないほどに陽気な声で叫び、バックに陽気なBGMまでをも鳴らしながら。部屋のドアを開けて、謎の少年まで入ってくる。
 つなぎに身を包んだ少年は素早く箱を奪って、オウムに渡すと風のように玄関から去ってしまった。
 「いやいやすっかりだまされた様子ですねえ。ご覧の鳥、・・・じゃなくて、とおり!!ドッキリでした!なのできょうあったことはすべて忘れてくっださいな~~♪」
 
 
 それだけ言ってしまうとまた、ワサー!!っと羽ばたいていってしまう。
 何がどっきりだよ・・・。
 突っ込むことすらできぬほど呆然とした僕は、先ほど味わった苦しみが急速に薄れていくのに気づいた。
 この調子だと朝起きてからオウムがやってきた全てのことまで忘れてしまいそうだ。
 時計に目をやると、まだ八時にもなっていない。
 興奮もさめやらぬ筈が不自然なほどの眠気に襲われ、布団に身を沈める。 
 起きた時にはもう昼で、すべてが夢だったと思うかもしれない。
 そしてそれはオウムの好意なのかもしれないと思うと、僕は甘く包んでくるシーツの感触を楽しみながら、遣わされた睡魔に降伏の姿勢をとった。
 
 
 
 (完)