きのう、薬局にいたよね。駅前の。
わりと仲良くしているクラスメイトに話しかけられ、朝一でぞっとしてしまった。
私は、きのう薬局付近に行った覚えはない。
どころか、本を読んだり絵を描いたり、飽きたらCDを聴いて歌ったりしながら、
貴重な日曜を一歩も外に出ずに過ごしたはずだ。
それだけなら、似た人を見かけただけだろうとか、
見間違いだったのだろうとかですむのだけれど、
ちょうど、読んだ本の中に、似たようなお話が出てきたのである。
しかも、精神をまいらせて自殺してしまったその作家は、死の間際にそのお話を書いていた。
自分にそっくりな人物についての、エッセイともフィクションともしれぬ文章を。
世界に三人は自分に似た人がいる、
とかいう一般的お話なんて問題にならないぐらいにそっくりな人物。
ドッペルゲンガーだ。
見たら三日以内に死ぬらしい。
ドッペルゲンガーに殺される、という説もある。
どっちが本物なのかをはっきりさせるために。
どっちにしたって、自分と全く同じ見た目の人物なんて見てしまったら、不安で死にそうになるにちがいない。
「どっちにしたって自己の存在に害を与えることになるであろうかもしれない(他者ではない)存在」
の出現に、私の生活は暗黒じみてきた。
そうしてある日、
ついに見てしまったのだ。
鏡の中かとみまごうような、
もう一人の自分を。
最初に目についたのは顔ではなくて、
私が前に使っていたのと同じデザインの手袋。
便利だと思って買った、五本指の先がないタイプのもの。
付けながらでも携帯を使ったりできるが、取り外しのきく先っぽをかぶせれば、指先もあたたかくて、くすんだ赤色をしている。
あ、あれ、私がなくしたやつとにている。
何気なくたどった視線の先に、自分とうり二つな顔があった。
眼鏡をしていた。これも、私が以前使っていたのとそっくりそのままだ。
外ではコンタクト、家では眼鏡。
続けているせいであちこちに眼鏡をほったらかす癖がついてしまった末、
なくしてしまった、黒ぶちの眼鏡だった。
流行りだけれどあまり自分の一重まぶたの目には似合わぬ、
と、それきりになってしまったやつだ。
けれども彼女は、ドッペルゲンガーとかうたわれるくらいにそっくりな外見をしているくせに、
私よりもはるかに黒ぶちが似合っていた。
おそろしいとか、何者だとか、なぜあの眼鏡を着けこなしているのか!
とか考える前にむしろ、
不思議なくらいによくなくなる身の回りのものの行く手がどこなのかがわかった気かした。
終