にしても、家のすぐ裏がこんなにも入り組んでいただなんて。
迷路に迷い込んだ心境で、ぼくは飼い猫の後を追った。
名前をリオーダという、もうすぐ一年になる猫はとてもやんちゃで、
その朝も、新聞を取ろうと玄関のドアを開けた瞬間を狙い、とびだしてしまったのである。
家の壁と、隣の家の壁。
人ひとりやっと通れるくらいの隙間へと身をおどらせたリオーダに、
成長期で発達しつつある肩を横向きにすべりこませながら、ついてゆく。
冬の太陽は寝坊で、あけがたの薄く蒼い闇につつまれた中、
建物の間の世界はまだ闇にほど近い。
そんななかでようやくうごめく気配を見つけ、目が馴れると、リオーダのすがたがとらえられた。
アスファルトに、体全体をごろごろなすりつけている。
体がざらざらの地肌に当たって気持ちがよいのか、
外へ出るとすかさず何度もこれをするのだ。
しばらくそっとしておいたが、
「さあ、いい加減にしてもうかえるぞ。」
と、抱き上げた刹那だった。
ことこと、と、鍋の吹くような音がしたかと思うと、
いましがた猫がごろごろしていたまさに同じ場所から、
熱い湯がふきあげてきたのである。
ぷしゅー、と威勢のよく湧いてくる湯の根元にある、地面にぽっかりと空いた穴を、
リオーダがとくい気に見下ろしているのに気がついた。
ある名作映画で、犯人が抜け穴から脱獄し、
刑務所サイドの偉いさんが呆気にとられるシーンを思い出した。
囚人は限られた道具と気の遠くなるような年月と、ゆるぎない確信をもって、
地道に穴をほりつづけていたのだ。
そこここに湯がたまり、猫一匹入れるくらいの湯だまりができた時は、
細い路地裏にも朝のひかりが満ち満ちていた。
猫は、にゃんにゃ~ん、
と鳴きながら前足をつけ、しまいに体全体をひたしてしまうと、
すがすがしい太陽をあびながら、いかにもきもちよさそうに喉をごろごろいわせた。
おまえ、風呂ぎらいじゃなかったのか…
心でつっこみながら、自分もその風呂に、とても、入ってみたかった。