水泳の補講を終えての帰り道。
ひどく長い時間をすごしたようなだるさをひきずりながら、なんとなく帰れずにいた。
自転車置き場にできた日かげに腰をおろした私とクロエの前を、
下級生の女の子が、蝉の抜け殻を数えながらゆっくりと横切ってゆく。
クロエというのは本名ではない。
転校してきた彼女のイメージが、たまたま見たフランス映画に出てきた同じ名の少女にぴったりだったこと、
名字が「黒部」といったことで、私が勝手によび始めたのだ。
これは、夏を象徴するような、まぶしくて短い物語の一ページである。
朝カレーと夜カレー。
カレーのだいご味を味わうにはどちらが適正か。
それがその日の話題だった。
(カレーを朝ごはんに食べる派か、夜ごはんに食べたい派か、ということ。)
ちょっと好きなゴルフプレーヤーがCMの中で推奨していることもあり、断然、朝カレー派なのは私。
朝食べると、その日出会うひとが全員、具材に見えてしまうくらい、
一日中カレー味が体内に居残るため、より長いあいだ風味を満喫できることを主張した。
イメージしやすいように、体内に残るカレー風味によって具材が連想させられるさまを、
「にんじん校長」や「だいこんかあさん」、
「隣のばれいしょ犬」
のごとくキャラクター化して、木の枝で地面に描く。
最小限のあいづちで、いつもどおりクールに聞いていたクロエが、やっと口をひらいた。
「カレーって、過程がどうあれ、ルーを割り入れたら最終的にカレーになる。そこがいいところだと思う。」
ぽかんとする私の顔も見ずに、けだるそうな調子が流れる。
「その日に何があっても、逆に何にも変わったことがなくても、
晩ごはんにカレーを食べると、夜ベッドの中で、ああカレーが美味しかった、っておもえるのと同じ。」
もともとそこまで白熱させるつもりは互いになかったとはいえ、
反論を繰り広げる気など全く失ってしまったのは、
決して納得したからでも、口をとざしたクロエからなんらかの辛い過去を想像したからでもない。
ふさふさした薄い色のまつ毛が時々陰をつくるさまを見ていると、
その夜彼女が眠りに入った後で天蓋がひとりでに降りてきて、
着ている寝巻がするすると光を放ちながらすっかりインドのお姫さまみたいな衣装に変わってしまう気がしたからだ。
夕闇とともにほんの少しだけ気温がさがったけれども、
頬をなぜたなまぬるい風が夜の蒸し暑さを予感させた。
くっきりと鼻の高いクロエの横顔ごしに、
遠くに見える古いたてものの屋根が、異国の寺の尖塔のようにも映った。
終