ひとりの男がいた。
彼は、夕暮れを境に、自在にこうもりになることができた。
うまれつきそうだったが、
それが特殊なことであり、
まわりに存在する大多数は持ち合わせていない能力であることは、物心がついていく過程で
わかってきた。
うまく喋れないぐらい小さい頃も、人に変身する様子を見られないように気をつけていたと思う。
おそらく本能的な何かがはたらいたのだ。
親に教えられたわけではない。そもそも、親、というものの記憶が無い。
彼の種族がみんなそうであるように、気がつけば一人であり、
周囲には、育ててくれはしたものの、互いに気を使わねばならない人々が居た。
彼の場合は、遠い親戚の男女であった。しかもこの二人は夫婦ではなく、不仲であった。
にもかかわらずワンルームのマンションで同棲中。
三者の間には常に気まずさが流れ、
スペース的にもメンタル的にも出て行かざるを得なくなり、
中学を卒業したその足でひとり暮らしを始めたのだ。
見た目も子ども、頭脳もどちらかといえば子ども。たいへんなことである。
けれども大丈夫だった。なぜなら、こうもりになれたから。
(つづく)