人数が多いためかあまり冷房の効かない個室で、黒い羽織り物を脱いで彼女の腕があらわになった時、
はっきりそれとわかるくらいに場の空気が凍りついた。
だが、15年ぶりのクラス会で27歳になったみんなはさすがに大人だ。
かき氷機をぐるぐる回して氷を削って行くみたいに、各々は視線をそらして会話を再会し、異様な緊張感はすぐにほぐれていった。
ただ、彼女の健康的に日焼けしたなめらかな二の腕にびっしりと彫られたその刺青の理由をどうしても知りたくて、宴たけなわの場所移動ののちたまたま隣合わせになったその時、僕は思いきって聴いてみたのだ。
「そのタトゥー、あまりにも見事だけどどうしたの?」
昇り竜とか何かだったら、極道の妻なのかと憶測もできるのだが、それはイスラム建築とかによくありそうな美しい唐草模様である。まるで彼女の腕から生えたようにも見える植物のつるが一定の規則感で渦を巻いては花を咲かせ、青と象牙のコントラストが皮膚の色に映え、近くで見るとおもわずため息が出るほど美しい。
酔いにも助けられて質問することができたが、彼女の口からすらすらと出てきたのは酒の肴にするには重く、そうして奇想天外な物語だった。
子どもの頃っから兆候はあったんだけど、治るどころかもっとひどくなる一方で、ものをよくなくすの。
アクセサリーとか眼鏡とか自転車とか。特になくなるのは家の鍵で、まるで足が生えてどっかへ勝手にのこのこ歩いてるんじゃあないかって本気で疑うくらいに、
それはもうよく姿を消すのよ。
さっきまでそのへんに転がっていたはずなのに、まるで意地悪みたいに、さあ出かけようってときになるとなくなっているのね。
いくら探しても見つからなくて、本当にもうどうしようかってなった時に、何度も探したはずのところからひょっこり出てきたり。
それで待ち合わせに遅れたことも何度かあったんだけど、
つい5年前に世紀の大恋愛をちょっとしてしまって、
いよいよ駆け落ち・というくだりまでことが運んだのね。
きょうみたいな夏の暑い日。朝7時に駅で待ち合わせをしていた。
その時にそう、それが起こってしまったのよ。
心の準備も荷づくりも完璧で、さあ行こうって、
今までの生活も何もかも捨て去るつもりで家を出ようとしたら、鍵がないのね。
探しても、探しても。
まさか、戸締りもせず、そんなときに家を空けるわけにもいかないでしょう。
暑さと焦りで汗と涙でどろどろになりながら時間は過ぎ、とうとう間に合わなかった。
がっくりとうなだれたとき、ジーンズの前ポケットからじゃらり、と鍵が出てきたのを見て絶句した私は、
もう絶対になくさないところに鍵をしまうことを決めたの。
「それってまさか・・・・」
「そう、そのまさかよ。」
いたずらっぽくほほ笑んだ彼女は唐草模様の先をつー、と指でたどり、そのまま背中まで這わせていった。
「背中には一面に扉の模様が彫ってあるの。それを開けると、鍵が出てくる仕組みよ。」
まだ信じられずに笑ってよいのかどうなのかと微妙な顔をしていると、
さらに指をまた腕まで持って帰ってきて、おもむろにパカリ、と、手首の皮膚の一部を開いた。
皮膚はちゃんと加工されていて、肉の断面のはずなのにつるつるした黒い陶器のようなもので覆われている。
そうして中には、銀色の小ぶりな鍵がささっていた。
「これは、駆け落ちが失敗してから趣味になった愛車のキー。体に内蔵するのがあまりにも便利で、鍵という鍵を体につけちゃったの私。」
それは、ピアスも一個あけちゃいました、というような嫌味のなく当たり前のごとき口調だった。
あ然とした僕であったが、
楽しげにおしゃべりする面々を眺めていると、この長いようで短い歳月の間に彼らには多かれ少なかれ何かあったはずだろう、という気がしてきた。
15年も経ったのだ。全身刺青が入っていたって、不思議ではあるまい。
逆に12歳の時とまったく変わらぬままこの場に居合わせた人間がいるほうがおかしいだろう。
「ねえ、この後だけど。」
そんな寛容な気分になったとき、少し熱っぽい瞳になった彼女が僕の手を取った。
複雑に織りなすつたが怪しくうごめいて、僕の手首までも侵食するような予感が、動機を激しくさせた。
完