うみつづき、陸つづき -押海裕美ブログ-

思いついたことが、消えないように絵や文にしました。

michikusa

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 彼女の部屋には 何もなかった。

 ただ、大量のバンドエイドと、空の金魚鉢が、
 10帖の、一人暮らしにしては広大な部屋に 現代アートみたいに置いてあった。

 僕が初めて入った時、
 驚いたけれど 他のどんな部屋よりも彼女に合っている気がして 何も尋ねられなかった。

 そういえば、着たきりすずめという表現が非常にあてはまるくらい同じ服をいつも着ていたし、
 
 料理もぜんぜんしなさそうだった。


 けれども固くて冷たいフローリングの感触は、初夏の蒸し暑さにはちょうど良く
 
 そこに二人して寝転がるのは

 草原で満月を眺めている時のような 寂しさと爽快さがあった。



 けれどもしかし、バンドエイドはさすがによく活躍している。


 しょっちゅうおこして慢性化した くるぶしの靴ずれには

 いつも真新しい絆創膏が
 貼られ(黒いねばねばの跡が付くのを嫌がったせいだ)

 ちょっと大切な書類やら何やらが破れたとき、
 絆創膏で裏からそっと、塞いでいる。


 靴ずれをおこして痛そうにもしないけれど
 時おり絆創膏の交換を行っている彼女に 足にあった、ちょっと良い靴を買ってあげようか

 と聞くと、
 
 0コンマ1秒くらい後にかぶりを振って

 置くところに困るから、いらない
 
 と答えた。


 僕は
 
 なんとなく納得して そのバーで流れていた井上陽水の曲に
 
 足でこっそりリズムを取りながら
 ビールを一口飲んだ。




 (おわり)