大掃除をしていると、倉庫から寝袋が出てきた。
ああ、ジミーのだ、と、一瞬考えた末に思いだした。
ほとんどあかずの間となっていたその空間で、収納バッグは埃をかぶり、中におさめられた寝袋は持ち主の顔すら忘れてしまっているかもしれない。
ジミーの記憶は曖昧で、私の頭の中にはひょろっとしたシルエットと、カタコトの「リカ」という言葉が浮かぶのみである。
リカというのは姉の名で、ジミーは彼女の少し前の恋人だった。
アメリカ人の彼氏を連れて来る、というので想像したシチュエイション、
つまり、がっちりした金髪碧眼の青年が肩パット入りのラガーシャツとハーフパンツで敷居に頭を打たぬよう身をかがめながら入ってくる、
大げさにいえばそんな感じのとはまったく違ってジミーは痩せて小さい中年前の男だった。
黒に近いこげ茶の髪はセットされているとも無造作とも言い難い。
緊張のせいか微笑をうかべ続ける人のよさそうなジミーに、それでも少し好感を覚えた。
実家で、彼の身を何日か預かることになったのは、もう恋の終盤だ。
終盤なのにどういういきさつでそうなったのかはしらない。
ちょうどその時分私は卒論やら何やらがたいへんで、健康を悪くしているジミーと同じくらい心の状態が悪かった。
だから冷たく当たってしまった。
故郷を離れ日本での一人住まいにも失敗して恋にも破れそうな彼を哀しく思う気持ちは十分あったのに、
在宅時は社交性がかぎりなく零にひとしい私は優しく話しかけることも、最低限の気配りすらできていなかったかもしれない。
最初に会った時よりも小さく細くなっているのは、肩身の狭い思いをして身をちじこめているせいだけではあるまい。
ある日ジミーはぜんそくの発作を起こし、家に救急車が来た。
アメリカへ帰ることが決まり、彼が家を出て行ったのはそれから何週間か後だ。
寒いからこれでも着て、と、母が黒いフリースを持たせた。
私が誕生日に父にせっかく送ったものだったけれど
日本の木枯らしに吹き飛ばされそうにたよりなげな彼のたたずまいを目の前にしては何もいえなかった。
もうすこしやさしくすればよかった、という後悔を少しでも取り戻そうと、やたら笑顔で送り出したかのように思う。
三年あまりが過ぎ、姉は結婚して名字が変わった。
捨てるのはもったいないがさすがに使うのはなあ・・・・
とぼんやりしているうちに寝袋は捨てられてしまった。
Mr.Childrenのあたらしいアルバム「SENSE」に「ロザリータ」という好きな曲があって、
「あまりリアル過ぎぬように」「匿名をつけるよ」
という歌詞がありますのでそれにならいました。
実話をもとにしたフィクションであります。