うみつづき、陸つづき -押海裕美ブログ-

思いついたことが、消えないように絵や文にしました。

怒り

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 ※前回までのあらすじ
 
 ランチの仕込みに必要なたまねぎを調達すべく、街に出たこうもり男。(現職、洋食屋のマスター) 
 思いがけずたべたくなったサバ缶を求め、すべりこんだ定食屋で果たした忌まわしき再会。
 彼の妹を捨てた男、猪野川が、不敵な笑みをうかべて立ちはだかっていた。


 
 猪野川は、わざとらしいくらいにゆっくりとした動作で煙草に火をつけてくゆらし始めた。
 銘柄が、以前と変わっている。車や煙草をよく変える男は、女に対しても飽き症なのだとかいう噂が、
 妙な説得力といまいましさを以て、こうもり男の耳を反芻した。
 
 「あれから、どうしてるんだい?君の妹は。」
 
 無神経な質問に憤りをおぼえつつも、こうもり男は食券を買って素早く店員さんに渡した。
 
 「おまえにそんな質問をする権利はないが、
  どうしても教えてほしいというなら教えてやろう。」
 
 こっぴどく捨てた相手に対しても、少しぐらいの情はあったのであろうか。
 整っていることで、より冷淡さを露わにしている猪野川の顔からは読み取れない。
 しかし、答えを聞かせるべく開いた彼の口元に、一瞬だけ身を固くするのがわかった。


 「あいつは、あいつは!

  お前に突然別れを告げられた後、三日間のまず食わずで寝込んだことをきっかけにインフルエンザを  発症した。が、しかし一週間したら治った。
  そして今は…クラス会で再会した元野球部の同級生と結婚して、つい先月一人目のこどもを生んだよ!!!」


 「…… し、しあわせにやってるじゃないか!!!」(猪野川、ずっこける)



 「ああ、そうさ!幸せにやってる!!だけど、だけどおまえだけは許せないんだよ!!」
 
 途中から、こうもり男も不思議に思った。
 あれ、妹、幸せになってるじゃん結局。ならなんで、僕はこんなに怒りをあらわにしてるんだっけ?


 もっともな疑問が去来しつつも、一度勢いづいたのを引っ込めるわけにもいかず、
 
 個人的に猪野川のことはいけ好かなかったので、
 もう最後の方はノリと流れに任せて怒りきった。おかげで担架を切ったあとは心がせいせいした程だ。
 
 そんな彼の前にサバの味噌煮定食が置かれた。
 レトロな空間ながら、ハイスピードさは超現代的である。
 
 「こうなりゃヤケだ!サバも来たことだし、これからお前と早食いで一騎打ちだ!」

 つきつけた挑戦状を、「もう食事おわったし」という理由であっさりかわし、
 猪野川は席を立った。


 (つづく)