仕事が早くおわったのでちょっと一杯やろうと店へ入ると、たつ子さんがスコッチを飲んでいた。
お酒に氷と炭酸を入れるのが許し難い彼女はストレートだ。
あんなの飲めたらかっこいいよなあと思いつつ、モスコミュールを注文する。
こんな時間に珍しいねと言いながら、隣に座った僕を見たたつ子さんの目が赤い。既に何杯か飲んでいる様子で、おもむろに「最近ねえ」と語り始めた。
場所が場所だけに心配はないが、油断すると眠ってしまう恐れがあるので体を緊張させながら聞き入る。
「こたつを出してくれない家が、増えたのよ。」
「ええ、せっかく日本に居るのにこたつで冬を越さないなんて信じられない。一体またどうして。」
「こたつの中に入ると眠っちゃうからですって。」
「えええ。そんなの本人の意志の問題じゃあないか。たつ子さんだってあまりに嫌がる人間を無理に眠りへ引き込むことはしていないだろう。」
「もちろんよ。私はこたつの中でついうとうとする時のえもいわれぬ快感を与えているだけのつもりよ。大体座っている人間にはたらきかけたりはしないわ。
体を潜り込ませて眠る体勢に入った人だけよ。私が眠らせるのは。」
こたつに住む妖怪のたつ子さんはそれだけ言ってしまうと一気にグラスを空にし、橙色の涙を流した。
主食は人々が食べるみかんなので自然、体のあらゆる色素がみかん色である。
誰もが経験したことのある、こたつ内部で襲ってくるほとんどあらがえないあの眠気は、彼女のしわざだ。
まあまあ、そのうちジャポニズムの良さにめざめた平成世代が日本古来の暖房器具の良さを見直す時がやってくるさ、などという趣旨のなぐさめをかけようと口を開きかけた時既に、彼女の姿はなかった。
一杯のカクテルで顔が紅くなっているのを感じつつも僕はおかわりを頼んだ。
今しがた建ててきたばかりの巨大ツリーが目に浮かぶ。
明日の夜に点灯したら、街の人々は目を奪われて、
わあ~きれい!すっかりクリスマスムードよねえ。などとはしゃぐだろう。
一晩のうちに忽然と姿を現した巨大な建造物の制作過程などまるで想像することもなく。
確かに僕はツリーを一晩で建てられる、化学では説明できない力を持っているけど、それだってそう簡単に行くわけではない。大きければ大きいだけかなり体力を消耗する。
超常現象とかUFOとか好きなくせに、目の前で起こっている不思議についてなんて無関心なのだろうか。
ツリーを作ってイルミネーションを光らせて、街中にクリスマスソングを流して気分を高揚させ、誰もが誰かにプレゼントをあげたくなるように仕向ける。
白ひげもなくてトナカイもそりもあやつらない僕を、サンタと呼ぶ人は減ってしまったけれど。
おわり