~前回までのあらすじ~
おめかけさんのエキスパートになるべく不老不死を目指す少女が、紆余曲折を経てあいのりに参加することに。男性陣は、こたつを体に装着しているたかしくん(19)をはじめ新聞紙でできたスーツを着こなすヨッシー(26)など、そうそうたる顔ぶれだった。
五人の熱い恋心は少女へと突き進み、変人とはかかわりたくない、と戸惑う彼女を巡って愛憎のドラマが今、始まろうとしている。
パリに到着し、何はともあれモンマルトル地区へ向かおうとワゴンを降りた少女の先に、五人の男たちが立ちふさがった。
「北風に震えながらの歩くなんてばかばかしい、おいでよ、一緒にこたつへ入って散歩しよう。」
「俺と一緒に行こう、手をつないで戯れながらだって、新聞を読んで世界の情勢を知ることができるんだぜ。」
「いやいやこのペンは競馬場に行くためにさしてるとかそんなんちゃうねん。こうしとけば、思いついたことをノートに記録できるやん?水彩絵具一式もあるから絵も描ける。わざわざ取りに帰るとか、家に帰ってからあやふやな記憶で描くとかは、ど素人のすることでっせ。」
「むにゃ・・・眠るってトレビアーン。ミーと一緒にゴートゥードリーム、ほら、フランス語はどこか寝言に似ているシルブプレ?」
「ああ~急がなくては。そんな人間とかかわっていては人生の大部分を無駄にしますよ?そうこうするうちにもほら、時計の針がこちこち時間を刻んでいる。こと細かにタイムスケジュールを作って、一秒のずれもない効率の良い行動を心がけましょう。」
もう最後の人なんて夏休みの標語みたいになっているわ。つっこむところは星の数ほどだけど、でも一番言いたいのは・・・
「みんな、効率とかもったいないだとか、どうしてそんなに急ぐ必要があるの?」
少女の問いに、五人は声をきれいに揃えて答える。
「時間がもったいないからさ!」
「時間って、そんなに大切なもの?鼻歌まじりにバゲットかじり、かさかさ落ち葉の音色を聴いて。おなかが膨れてハトにパンやり、鞄も時計もいらないよ。いるのは豊かな心だけ。パリを愛する心だけ!
そんな散歩じゃいけないの??」
ほとんど歌のようになった少女の心の旋律が、五人の心の琴線に触れた。
「そうか、なんて馬鹿なことしてたんだろう僕は。」
「オオー、まさしくナンセンスだった!!」
「本とうに。忙しさに追われて俺たち大切なものを見失っていたよ。
しかもよく考えると、この新聞スーツを制作するのや、体についたインク汚れを洗い落とすのにかかる時間の方が無駄なのかも・・・。」
口ぐちにつぶやきながら、我に返った男たちは今まで心身を拘束していたこたつや布団、筆記用具を打ち捨て、つきものの落ちた如く晴れやかな顔で去って行った。中にはドライバーと涙の抱擁をする者もいる。
残されて空になったラブワゴンが、少女の目の前でエンジンの唸りをあげた。あいのりの役目を失って、ロバート(32)も、イタリアの実家に帰るらしい。発車する際、彼は窓から顔を出して言った。
「君は彼らの人間らしい心を取り戻した。ありがとう、モモ!」
モモ・・・?
何の事だかわからない。謎は残ったものの、空が晴れて、小鳥はさえずっている。
細かいことは気にしちゃいられない、ここは花の都ですもの。
白いパラソルくるくる回し、恋の予感に満ち満ちて、地図もお金もないけれど、きっとどうにかなるだろう。
いまや少女の胸は、幸福な予感に満ち溢れていた。
エッフェル塔にサクレ・クール、モナ・リザの謎の微笑と、両腕のない女神、ニケ。光と影に彩られた数々の名画たち。夕陽にたたずむモンサンミッシェル。
見るべきものはたくさんあって、出会うべき人はきっともっとたくさんいる。パリだけでなく、別のところにも、頭上に広がる青い空みたいに、お菓子のような雲みたいに、もしかするとずっと昔から見ていたものの中にも。
男が脱ぎ捨てて行った新聞紙から、今日の日付を探す。
あった、1月22日。
散乱したペンの中からピンク色を拾い上げ、くるりと日付に丸をつけた。
今日が私にとって、パリの人々にとって、世界のたくさんの人たちにとって、素敵な記念日になりますように。
(完)