うみつづき、陸つづき -押海裕美ブログ-

思いついたことが、消えないように絵や文にしました。

珈琲を売る

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学校が終わると、あまりにも退屈なので珈琲を売りに行くことにした。

いきいき教室、なる放課後の活動に参加するのはおっくうだし、小学生ひとりで行けるところなんて
かぎられている。
帰路に建つたこやき屋さんの匂いには魅かれるけれども、
一旦かえって着がえてから買うほどでもなかった。


自宅の商売柄、使われていないリヤカーが二台ぐらいあったので、そのうちの、木でできた古い方を失敬した。

近所の喫茶店でいらなくなったのとか、ゴミ置き場に置かれたのとかを持って帰ってきたり、
本を読んだりして、道具と知識を地道に得た。


はじめて売りに行ったときにはまわりの大人からじろじろ見られた。
自分を勇気づけるためにも大きな声で宣伝しようと、やきいも屋さんの節を採用して

すーみやーきこ~ひ~

と歌いながら売り歩くと、徐々にお客が増えた。

どこで身につけたのか、珈琲でも飲まなきゃやってらんない、
という雰囲気を全身から醸し出している
小学校低学年の子も多かったし、定年間近のサラリーマンみたいな人もいる。


道草して遊んでいるわけでは無いから、制服のままでよい。


そのうち、働いている小学生、という、日本では見られない筈の光景が板につきすぎてしまい、
私は夕空を歩く空気のようになってしまった。
あまりにも景色になじみ過ぎて、誰の目にも留まらない。

が、今度は別の客層、

つまり、巣にかえる途中のからすだとか、植木から涌き出したぼうふらだとか、
ひいては逢う魔が時をさまよう魑魅魍魎にいたるまで。

言語はあまり通じぬのだが、どのようにして珈琲を飲むのか、を観察すると面白い。


両親の帰る前に家へ戻らねばいけないのだが、
ときどき、薄い青とオレンジに染まってゆくのを背景に、切り絵みたいに舞っている
蝙蝠たちに目を奪われる。

数が増えて
空が黒で埋め尽くされると、しまいに月があらわれてしまい、

とっぷりと暮れた中を慌ててかえるのである。


(おわり)