うみつづき、陸つづき -押海裕美ブログ-

思いついたことが、消えないように絵や文にしました。

ハッピーアワー

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 ~ひょっとこ仮面の特徴~
 体は全身紺色タイツ。足は裸足。(最近では足袋を着用)
 ひょっとこのマスク。(お面ではない、被れるタイプ)
 飲めば飲むほど強くなる。
 場合に応じて体がお酒になる。

 
 ある月の光のない濃い闇の夜、
 ゴミ置き場で猫をいじめる悪者を発見。
 やめるんだこのねずみ男!!!という掛け声とともにひょうたんに入った酒を一気に飲みほし登場すると、ネズミそっくりのビジュアルをしたそやつはすたこらさっさと逃げてしまった。
 なんて情けない奴だ・・・

 おいで、もう大丈夫だよ、と手を差し伸べるも、おびえた猫ちゃんはゴミ箱の中から出てこようとしない。そっと持ち上げてやるとようやく安心しのか、喉をゴロゴロ言わせてきた。かわいい。
 
 春だというのに肌寒いきょうこの頃、誰かのぬくもりを漠然と欲していた最中の運命的な出逢い。
 猫よりは犬派だ、なんて勝手に思っていたけど、それにしてはどうだろう、この可愛さ。
 そのまま連れて帰り、管理人室のおじさんには内緒で猫と暮らし始めた僕。
 
 おまえの名前は紅乙女だ。 
 昔よく飲んでいたごま焼酎の名前をつけてからは、
 時にふっと見せる獣じみた目の光や、窓枠からタンスの上へ飛び移る折のしなやかな身のこなし、
 かと思えば
 体を長くして完全に僕の前で見せる無防備さ、喉を鳴らしながら擦り寄ってくる時のコケティッシュな表情、
 そんな挙動のひとつひとつが僕を虜にし、
 自分の可愛さを知っての狼藉かー!!!と思わず叫びながら抱きしめたことが何度あったろうか。

 
 けれど忘れてはいけなかった、ヒーローの宿命を。
 正義とは孤独なもので、なぜ孤独かというと、守る者ができてはいけないからだ。
 それは時にヒーローの存在を脅かす。
 ある日会社から帰ってきたら、紅乙女の姿はなく、かわりに「猫はあずかった」という置手紙。
 僕はすぐさま飛んでゆき、人質にとられた乙女を助けるために死闘を繰り広げる姿、を
 妄想しながら、

 
 ・・・もう今は居ない紅乙女の毛玉を、部屋中から丹念に取り除いていた。
 思い出がセンチメンタルにさせるのを防ぐためだ。
 
 そう、ともに暮らし初めてから二か月経った日曜の朝、
 もとの飼い主を名乗る初老の男が訪ねてきたのである。
 突然いなくなって行方不明になっていたのを、近所の噂で居場所を知ったのだという。

 そんな馬鹿な!乙女ちゃんはもう僕の子ですよ!
 と反論する暇も与えず、部屋の奥からまっしぐらに駆けてきた紅乙女が、
 男の胸にとびついて、ひげでじょりじょりされるのを目の当たりにしてしまっては、 
 絶望にうちひしがれた哀れなピエロはもう身を退くしかなかった。
 
 グッバイ乙女、幸せになるんだぜ。
 お礼にと菓子の詰め合わせを彼は置いていき、 
 抱かれた紅乙女は振り向くことすらしなかった。


 
 それから三日間抜け殻のように何も食べなくなり、顔色も青ざめた僕を見て誰もが心配するので、 
 さすがにカロリーを補充せねば、と例の菓子折りを開いて、言葉を失った。
 ひょっとこまんじゅうだ。
 なんてアイロニカル。
 個包装された包みをしわしわと開いて一口かじると、涙がこぼれた。
 それは口の中に達し、白あんと混じって塩辛い味が絶妙なコンビネーションを生むと思いきや、
 しばらく摂取していなかった馴染みの匂い、
 アルコールの香りが口腔に広がる。
 知らぬ間に涙までもが、お酒になってしまっていたという。
 
 さらに流れ出しては唇に行き着いて酔いが回ってくる。 
 するとやはり、こんなときでも陽気になってしまうから不思議だ。
 心はこんなにも悲しいのに上機嫌だけが無意味に上乗せされて、
 これじゃあうなぎ丼にとんかつソースぶっかけてるようなもんだよ、
 とわけのわからん例えを呟きながら、
 僕は初めて、ヒーローの哀しみを知った。
 
 (完)