12人の怒れる男、だ。内容はちがったが。
下げてきた前菜の皿が載ったワゴンを押しながら、ホール長は昔の映画の邦題を思い出していた。
とある高級中華料理店に、巨大な回るテーブルを囲むその団体は、黒服ではなかったが、まるでいましがた葬儀に参列してきたばかりのように重い空気を醸し出していた。
五つ星のサービスと味を誇る店である。
会話がない分、料理のなくなるスピードはむしろ早いのだが、誰一人として旨そうに口を動かす者はいない。
次の料理を出すため近づいたボーイは、
結界が張られているかの如くピりりとこわばった空気に足を踏み入れる感覚に、さらに驚いた。
「ふかひれの姿煮込みでございます。」
丁寧に、しかしできる限り素早く並べ終え、逃げるような気持ちで去る。
一番初めに手をつけた壮年で議員風の男は、眉間に深い皺を寄せて味わった。
しかし彼は思っていた。
今のボーイ、やはり奈良の大仏に似ている。間近で見ると、うぷぷ、髪の巻き具合までそっくりじゃないかうぷぷ、うふ、いかんいかん、スープを吹き出しそうだ。
隣の若い秘書風の男は、向いの席の、サメ似の男がスープをすくうのをのぞき見ながら、
共食いだ、共食いだ、と面白がる心を、
顔を青ざめさせて堪えていた。
サメ男もサメ男で、次の日の予定である好きな女の子とのデートを思い浮かべるともう嬉しくて楽しくて、つい顔が緩んでぬけ作先生のごとき目になるのを必死で我慢して口をへの字に曲げた。
白髪の美しい年配の男は来る途中見かけたあまりにもユニークな犬の顔がフラッシュバックするのに辟易していた。
昨晩前髪を切りすぎた大和田博之(24)は、
はす向かいに座った白いスーツの男の頭がまさしくラーメンマンなので、
前菜を食べる時ももうたいへんだった。小3の時に牛乳を吹いてしまったクラスメートの記憶が色あせない映像とともに思い出され、脳の中でミニ博之を総出させて「笑うな」信号を出すことで、
かろうじて爆笑を免れている。
そしてラーメンマンは、ウォーズマンヘアーの若い男が神妙に飯を食っている様子に、
後ろの三つ編みを降りみだして、彼独特のひき笑いをしてしまう事態を今にも死にそうな面持ちで防いだ。
絡み合う思考の糸と全く無関係なところで、
バリウム摂取時みたいに一生懸命スープを飲む、比較的最もカジュアルな服装の彼は、
ふかひれ・ぷかぴれ・ぶかびれ・
と頭の中で言葉あそびをしつつ、日本語の面白さを実感してはこぼれてくる笑みを一緒に飲み下している。
こーんな風にして12人が12人とも各々の事情で今にも笑いだしそうなのだったが、
その事実も彼らの愉快な内情も、幸か幸いか外見にはちっとも現われていなかった。
コースは次々と進み、
夜がふけると共に外で散る桜は月光を浴びていよいよ儚げにきらめきながら、
宴たけなわ、という形容があまりに似つかわしくない男たちの胸の中では、
中国四千年の歴史にも似た壮大なイメージが昇り龍の如くふくれあがってゆくのであった。
(終)
この物語の構想を思いついたとき、描くものがなかったので携帯のメールで打って保存しておくつもりが、誤って送信ボタンを押してしまい、
「笑いをこらえる人たちの食卓」
という不気味な文章を知り合いに送ってしまったのでした。