~あらすじ~
ランチの仕込みの際、タマネギをきらしていたことに気づいた、洋食屋店主のこうもり男。
意気揚々と街へ出るも、苦手な犬に吠えられて、昔のトラウマがよみがえる。
恐怖のかられて久々に全力疾走なんてしちゃったもんだから、息は上がるわ、口の中が変な味するわで散々な彼に、追い打ちをかけるごとく降り掛かったのは…
なつかしい、鉄のような味。
そう、少年のころ大好物だった……サバ缶の味だ❕さば味付、というやつではなく、サバ味噌煮の方である。うまくいけばスーパーなどで100円で購入できるのに、骨ごと煮込んであるのでDHAもとても素敵な優れもの。
カレーは朝夕にかい食べれば飽きてしまうが、サバ缶なら彼は毎日でも食べられた。
さいごに食べたのはいつ頃だったろう。思い返せば、泥棒の頃は乾パンとか非常食みたいなものか、
実入りの良い日は銀座で贅沢三昧のため無縁だったし、
熱帯魚を育てていた日々は魚に対して食欲がわかなかった。
上京してそこそこ成功をおさめ、多忙をきわめた青年が突如おふくろの作った飯を食べたくなるように、
彼は猛烈にサバ缶をほっした。
もう、本日のランチはサバの味噌煮にして、まかないでちゃっかり頂こうか。いやしかし、あくまで洋食屋である。せめてサバのムニエルくらいにしておかねば、客も失望するのではないか…。
迷い迷った彼の足は、ふらふらと定食屋に向かっていた。
「定食屋 バットマン」と看板のかかった建物を発見。黒を基調としたスタイリッシュな外観は、どうも似つかわしくないようであるがそんなこと構っている暇はない。
成長期の高校男子並みのスピードで平らげなければ、開店にまにあわないぞ。
ドアを開けると、時間も早いせいか客はまばら。テーブルや椅子もしゃれた喫茶店風である。
彼が奥の方の席に腰掛けようとすると、「先に食券を買わなきゃ駄目だよ。」
声をかけられた。
おや?きいたことのある声。自分の店の常連客か。反射的に推測しつつ目を上げると、
見知った顔が飛び込んできた。
二度と見たくない顔だった。
「ここの大根おろしは絶品だよ。」
苦い汁をすったように胸が悪くなった彼に、あざけるように笑顔を向けながら二言めをかける。
まぎれもなく猪野川だ。こうもり男の最愛の妹にちょっかいを出した末ひどい捨て方をした、
天敵とも呼べる男である。
猪野川は優雅に、食後の煙草とコーヒーを呑みながら、青白い頬に、右側高く上がる嫌味な笑いを浮かべていた。
つづく
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