「おみそれしやしたぜダンナ、このとおり水タバコとこの身以外はなぁんにも持ってちゃいねえケチな商人ですが、あっしにできることならなんだっていたしやす。なんでもおいいつけくんなせえ。」
人魚はいつの間にか長い髪をちょんまげに結い上げており、私の腰には立派な脇差がぶら下がっていた。
「よし、では命だけは勘弁してやるかわりに、不老不死の効力があると名高いお主の肉を少しばかり頂こうか。」
斜にかまえつつこう言った瞬間、人魚の顔からすーっと血の気が引いた。やはり肉を削がれるのは痛いし怖いのだろう、気持ちをおもんばかった拙者は、肘の裏のつねっても痛くない皮の部分とか、もうむしろかさぶただけとかでも構わないぜ、と申し出たのだが、どうやら違うらしい。
先ほどまでとは打って代わって真剣な表情が浮かんでおり、それが彼女を美しく儚げに見せていた。
「いい?不老不死なんてね、簡単に、なりたいなんて思っては駄目。むしろ、幸せになりたいのならば絶対になってはいけないものなのよ。」
「私、軽い気持ちで言っているわけではないの。自分にとって不老であることが必要だと判断して、わざわざここまで来たんだから。」
まっすぐに見据える瞳の奥に宿る暗い輝きに気圧されながらも、私の決心は鈍ってはいなかったし、なんとしてでも思いを叶えたかったから必死に伝えた。けれど人魚は首を横に振るばかり。人間って、本当に愚かで悲しい生き物だわ、そんな心のつぶやきが聞こえてきそうだった。
「死なない・・・死ねない、というのはこの世でいちばんおそろしくておぞましいことなのよ。今生きている、ということの意味や美しさを全て失ってしまうことなの。どれだけおそろしいかを伝えるのに、今まで私が生きてきた時間を全部ついやしても足りないくらいに。」
波のささやきが、人魚の操る音楽に聞こえる。そのくらい、海も、人魚の声音も落ち着いて、穏やかだ。
彼女はもしや、不老で、不死なのだろうか。
頭の中で、『インタビューウィズヴァンパイヤ』や『永遠(とわ)に美しく・・・』などのシネマが浮かんでは消えたが、私は引き下がらなかった。
「でも、いつまでも若くみずみずしい体を持っていられるなら、永遠に生きることも苦痛でないはずよ!」
「永遠?あなた、永遠の意味を知っているの?永遠の定義づけができる?」
「永遠の、定義?」
彼女は少し声を荒げただけだったが、はてしない怒りや悲しみやその他もろもろの感情が、マグマのように黒く渦巻くのが見える。きっとすごい破壊力を持っている、「永遠」の時間を生きる間に培われた感情の渦。(つづく)