うみつづき、陸つづき -押海裕美ブログ-

思いついたことが、消えないように絵や文にしました。

花束

イメージ 1

 どうでもいい他愛のない極みのお話なのに、どうしてこうも文章が長くなるのだろう。
 すっきりとコメディタッチにまとめるつもりだった短編がまた四百枚を超える大作になった原稿を横目に、小説家志望の西園寺は、数えきれぬほど幾度も悩み抜いてきた同じ悩みを、頭の中で反芻していたのだった。

 
 文学青年にありがちな長身痩躯に、縮れた黒い髪、神経質そうな青白い顔はななめ四十五度のアングルでとらえればなかなかのハンサムで、映る風景すべてを言葉に描きとじこめてやろうといった鋭い眼光に、或る女は射抜かれ、かと思えば時折見せるはにかんだ瞳の優しさに或る女はほだされ、それはともかくとしてあの茶色がかった子犬みたいな目に見つめられるともうキュンってなっちゃうのよ!!!と、或る女は騒いだ。


 まあ、とりあえず、彼はもてたのである。

 けれども描く小説と同じで爪が甘いというかなんというか、
 はっきりとした決め手となるセリフに欠けていた。誰が好きで誰が嫌いだと言えない。
 優柔不断ともいうその性格が災いして、とりわけ熱心に思いを寄せる女三人と、シェアハウスをすることになったのである。

 初めのうちはそれこそいつ戦争が起きてもおかしくない緊迫感であったが、
 ひとつ屋根の下で寝食をともにするうちに(実際彼女らは、貧しさゆえ二畳ぐらいのスペースにくるまりつつ眠っているのだ)情がめばえ、屈折しつつも奇妙に明るい生活を送っていたのである。
 

 
 ところがついに、恐れていた惨事が、起こってしまったのである。
 うす黒い雲の切れ間から時折顔を出す満月が紅く輝く、血なまぐさい事件にはもってこいの、なまあたたかい春の夜であった。



 (つづく)