こうもり男は最近、きまぐれで洋食屋さんを開いています。
その前は熱帯魚ショップでした。
その前は名うての泥棒でしたが、
なんとなく日陰者めいた商売をするのが嫌になり、足を洗ったのです。
熱帯魚は最近の癒しブームに乗っ取ったのですが、
世話が意外にたいへんで、怠っていると病気になったり水が汚れたりでちっとも綺麗じゃありません。
魚の養殖…ようしょく…
と、同音異義であることから、
ちょうど空き家であった洋風の建物にちょいと手をくわえ、
ハンバーグだのを作っているのです。
これは少し性に合っていたようでした。
中年のママさんの立ち呑みが流行る要領で、
こうもり男の店にはよく中年のサラリーマンや疲れた若者がやってきます。
ある程度酸いも甘いも知った上、もともとが逆さに眠ったり夕方から動き出したりする性質なもので、
程よい陰気さと孤独さ、それでいてあっけらかんとした雰囲気を持つ彼を、
嫌うものはいません。
お水がキンキンに冷えてグラスがうつくしいわけでも、
48時間煮込んだ骨付きポークが出されるわけでもありません。
けれども、どこでも食べられそうなハム入りポテトサラダや、
「カレーの材料」しか入っていないカレーを、
久しぶりに使うサクラクレパスとか、箪笥の奥から出てきた毛糸のパンツみたいに、
少しの温かさとノスタルジアを求めて食べにくる現代人の、なんたる多いことでしょう。
そんな風にしてこうもり男はその日も気分よく鍋をかきまわしたりキャベツを切ったり、
百合の花を青い花瓶に活けたりして、鼻歌なんかを歌っていたのです。
ところがどっこい、そうはいかなのやきはまぐり
ハヤシライスを日替わりランチのメニューにするはずが、冷蔵庫にタマネギがないのです。ひとつも。
よく使うので、きらしたことはなかった筈なのに…
いぶかしがりつつも、時間がない。
タマネギを求めて、まだ薄い闇のおりた夜明けの空へ、マントを広げて飛びたったのでした。
(つづく)
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